井上玩具煙火㍿|100年の歴史を刻む井上玩具煙火が生み出す新時代の手持ち花火(後編)

2024年6月25日

今を彩る伝統美。(後編)

インタビュー対象製品「造形花火」「花火AR」

海外製品が主流となっている手持ち花火業界で、伝統技術に新しい価値を付した「造形花火」。かわいらしい見た目だけではなく、フルーツの香りや金色の火花、燃焼が長時間続くことが特徴。自社販売サイトでは新しいサービス「花火AR」を開始(期間限定公開)し、購入前に燃焼の様子を見られるようになりました。これにより、場所・天候を問わず手持ち花火を楽しめるため、現代社会に寄り添ったサービスとなっています。


会社名

井上玩具煙火株式会社

設立

1926年 昭和元年

住所

静岡県島田市中河町9005

業務内容

玩具煙火の開発・製造・販売


企画開発室長 井上 慶彦(いのうえ よしひこ) 様

現社長 3代目 井上 吉勝(いのうえ よしまさ)様と共に、現代社会に寄り添った新しい花火の開発・製造を行う。今回の製品以外にも「義助(Yoshisuke)」、「結華(YUKKA)」などの新商品は、伝統技術を生かしながら生み出されており、メディアやセレクトショップでも多く取り上げられ、話題を呼んでいる。近年は、ポップアップストアや花火について学べるワークショップも開催している。


前編に引き続き、お話を伺うのは井上玩具煙火株式会社 企画開発室長 井上 慶彦 様です。

井上玩具煙火様とは、オリジナル製品のひとつである「造形花火」「花火AR」の特許出願、商標登録をきっかけにお仕事をご一緒しました。製品の特長や経緯を伺う中で、伝統と高い技術力を生かす、だけではなく、新しいカタチを見出す力をお持ちの井上様。その開発力はどのように培われ、発揮されているのか、同製品に沿ってお聞きしていきます。

後編では、開発過程の不安や葛藤についても伺っており、リサーチ力の高さと的確な顧客ニーズを把握されているからこそ生まれる”ヒット商品”であることが見えてきました。将来を見据え、模倣や横取りを防ぐための対処法や、10年、20年先を描くビジョンも伺っておりますので、これから新しい事業をはじめたい、これまでの技術を生かした製品にしたい方々にとって、良いヒントを得られるのではないでしょうか。ぜひご一読ください。

不安や葛藤

竹井  新しい商品を展開される際、お客様に受け入れてもらえるかどうか、など不安になることはありますか?その場合にはどのようなことをされていますか?

井上  そうですね。私が入って初めて自社ブランド商品を展開した時が、2000年頃、コロナに入る前とかだったんですよ。それこそすごく不安になった時期があって、外に出るのは一切ダメ、遊びも制限される、業界で言ったら花火大会の休止など、あまりいい情報が入ってこなくて、このままリリースしていいものなのかと。

花火はどちらかというと嗜好品で、生活に必ず必要なものではないものですから、そこにお金を出してまで買うのか、などを常に考えなくてはならず。

ただ、お客さんを想像して、こういう世代にマッチすれば必ず売れるっていう自信を常に持って作っていたので、リリースしてみても、幸か不幸か 「おうち花火」という言葉が流行ったりだとか、やっぱり家で過ごすんだったら手持ち花火ぐらい良いよね、などという声もあり、思い描いていない良い風が吹いてくれました。 軸としているものをぶらさない限り、若干の不安はあるにせよ、こういう人に響けばいい、こういう人たちにやってもらいたいっていう想いを常に持っているので、売れる自信があるのかもしれない。絶対に響く、という確信のもと進めているので、リリースまでスムーズにできるのかもしれません。

竹井  ですよね。それってやっぱり軸をしっかり持つってことですよね。ペルソナをしっかり立てて、この人がどういう生活スタイルでどういう状況でこの製品買ってくれるかなっていうところを突き詰めて考えているからこそ、自信を持って市場に出せる。

井上  そうですね。どっちかというと、価格設定が難しいと感じています。うちの花火は高価格帯になってしまうんですけど、名前だったり、ギフト用の花火、とすることで付加価値をつけていますが、新しい取り組みなので購入者に受け入れられる値付けは、難しさがあります。

高価格帯になってしまっても、軸がしっかりしていて、自信があるからこそ、そういうアグレッシブな価格設定ができてくるのかなと思います。特に、価格設定に関してはいろんな人にアンケートを取って、大体これぐらいじゃない?っていうお声をいただきつつ、でももっと上に設定してみようかっていうチャレンジ的に考えていたりはします。

竹井  そのアンケートとかは、社内でとか?

井上  そうですね、社内もあるし、産学連携のような形で大学生のみなさんと打ち合わせをしながらやっていた時期もありました。

竹井     そうなんですね。大学生の皆さんとつながったきっかけは?

井上     私自身が、手持ち花火をやると心情の変化があるのかどうか、というところを疑問に思ったために、研究ができないかどうか直接大学に問い合わせて実現しました。

竹井     具体的にはどのようなことをやられたんですか?

井上     とある医科系の大学と共同研究という形で約1年間お世話になりました。男女を対象に花火の映像を見せた際の脳活動を計測し、医学的な側面で「煙火が心理状態に及ぼす影響の評価」について研究を進めました。

芸術系の大学でもお世話になり、産学連携という形で約1年かけて、弊社の商品の提案方法(パッケージや動画やロゴなど)を一緒に模索しました。

ここでは、教授・大学生3~5人の研究室に出向いて、どのようにしたらより多くの消費者に弊社の商品を届けられるかを議論したり、たくさんの人に花火をしてもらう機会を実際に設け、商品のブラッシュアップが出来るかどうか、アンケートを実施したりもしました。その他にも、ロゴやプロモーション動画も学生たちと一緒に考えて制作しました。

竹井  やはり外部の声もしっかりと反映した上で、製品を作っているんですね。

製造パートナーとの出会い

竹井  国内生産でこだわって製造されていますが、新製品開発にあたって必要なパートナーはどのように探しましたか?

井上  そうですね。製造に関しては、基本的に県内のパートナーで考えています。それは相談しやすかったり、一緒に見てもらったりできるので、製造会社さんはそのような形でやってるところも多いかと思います。常に量産する製品に関しては、県内で抑えたい。

ですが、今回の製品のAR技術に関しては、どうしても県内だと探し切れなかったこともあったので、友人にベンチャー企業を紹介してもらいました。

竹井  やっぱり、ポイントは紹介でっていうところが大きいんですか?

井上  そうです。基本的に新規で探してくるっていうのは滅多にないです。

竹井  やっぱり紹介なら安心できますよね。

知的財産の活用

竹井  積極的に知的財産権を取得されていますが、目的は何でしょうか?

井上  そうですね。見せ方、見た目は、安価な製品にせよ、すぐ似せられちゃうような業界なので、知的財産権に則っていれば少しは安心材料になるし、他社への牽制にもなる。取れるものは取っておいて、牽制できるものはしています。

同じような商品があふれている業界なので難しいところがあるんですけど、じゃあ何もやらないかと言われるとそういうわけにはいかない。会社としてやれることはやっておいて、うちが知的財産権持っているからと、アピールになればいいなと考えています。権利は取らないと始まらないっていうところがあるので。模倣品や横取りを防ぐため、対処できるように土台を整えています。

竹井  そうですよね。今はどのようにアピールされていますか?

井上  そこまでお客さまに強く主張することはないですが、私が入ったタイミングでホームページを作ったので、「特許出願済」などの記載をするなどして、そういう牽制をしている会社として見せています。 今までは、特許を持っていてもうまくアピールできない状況でしたが、今は気軽に発信できる世の中なので、どんどんアピールして、ホームページ見れば載っているよねっていうぐらいにしておけば、自分達の防御にはなると思っています。

竹井  なるほど。ウェブサイトでも、特許出願済、特許製品と言えば、牽制にもなりますし、独自で出しているんだなっていうところのアピール材料になるので。最近の製品をよく見ると、特許関連の記載もあり、表示だけじゃなくアピール材料として活用されている企業さんもあります。トレンドとして感じているので、そのように積極的に活用いただけるとよりいいかなとは思っています。

販売方法

竹井  販売方法として力を入れている活動はありますか?

井上  自社ECサイトでは、3本セット、オリジナルセット、定期便、ギフト用花火なども販売しています。特にギフト用の花火は、「〇〇さんからもらった義助っていう花火セットを、あの夏にやったよね」という想い出も込みになるので、少なからず名前は覚えてもらえるきっかけになっています。

竹井  ECサイトでは、日英どちらも併記されていますが、海外にも目を向けてられていますか?

井上  うちは珍しく手持ち花火を輸出している実績もあるので、ホームページには海外からのアクセスもあります。海外の方も、日本の花火に興味を持たれることも多いので、英語表記も入れています。

単価が高くないので、今までの流通はしっかりと確保しつつ、今後はオリジナルECサイトもどんどん広げて展開していきたい。自分たちの製品を良いと思ってくれたお客さんが、今年の花火は井上さんにしよう、となったときに購入できないのはチャンスを逃すことになってしまうので。今まで、「直接購入したい」とお客様からお声がありながらも、残念ながらお断りしていたので、これからもっと運用に力を入れ、うちを見つけてくださったリピーターさんを大事にしながら展開していきたいと考えています。

今後の目標

竹井  今後、10年、20年先に思い描く未来はありますか?

井上  私の代になったら実現させたいなっていう妄想があって。その前にまず、私たちは製造メーカーであり、安定した製造・卸しを続けていく役割があるので、そこはしっかりと軸に持ちつつ、私たちが直接、人々を楽しませることができるなにか、を考えていきたいです。

今、私主導でいろんなところでポップアップを出店しています。先日は東京都内で出店してきたのですが、コクヨさんのビルの1階で色々な日本の伝統製品が並ぶ中で、うちの花火のブースを出し、お客様に1本ずつ選んでもらう空間を作りました。

井上  製造メーカーだけど、自社製品の良さを直接お客様に伝えられるような場所を作りたい、プラスアルファで、実際に楽しめるテーマパークのような、そういう場所を作っていきたいっていう妄想です。

特に今、「花火をやれる場所が少ない」と、お客さんからよく言われています。だったら、お客様が選んだ花火に、その場で火をつけて、楽しんでもらう空間を自分たちで提供する。そしてただ売るのではなく、その花火の魅力だったり、花火の歴史も教えつつ、学びながら遊べるような場所を創りたいと思っています。

竹井  なるほど。素敵ですね。花火のテーマパークって、ないですもんね。

井上  そうですね。それだけで商売を考えるとなかなか難しいですが…

竹井  たとえ収益が成り立たなくても、そこから他の商品に繋がることもあると思いますしね。確かにそういうところがあってもいいですよね。その一環として、ECサイトを立ち上げたりとか、実店舗を出して体験してもらうなど、色々試行錯誤されているんですか?

井上  そうですね。やっぱりパッケージングされているより、自分で選んで買うっていう仕組みの方が、私たちの製品はお客様に響いている実感があります。決まった形よりかは、お客様が選ぶ楽しさを提供する。 それがテーマパーク式なのか、ちょっとまだ妄想ですけど、自分で選びながらセットを作ってもらって、その場で火をつけてもらうのか、家に帰るまでの楽しみとするとか、それは各々で考えてもらえればいいと思うんですけど、そういう場を提供していきたいと考えています。

竹井  確かに、そうやって買う花火屋さんってないですよね。

井上  昔はそういう売り方が主流だったんですけど。

竹井  駄菓子屋さんみたいな?

井上  そうです。でも今は残っていないんですよね。昔は、花火を1本1本選んで買えるような仕組みがありました。駄菓子屋をやっているおもちゃ屋さんや、花火専門問屋さんで選んで花火を楽しむっていう流れはあったんですけど、どんどんと流通が変わってきて、今では袋入れになっています。昔は楽しまれていた仕組みですが、こればかりは市場の変化なのでしょうがないんですけど。そういう風に変わってきたので、だったら自社で、製品自体で、見せ方で勝負しようと、いろいろ試行錯誤していきたいと考えています。