㍿宮秀|ニッチな新文化を生み出す「ペットお祝い人形」―日本人形メーカーの挑戦

2025年5月12日

ニッチな新文化を生み出す「ペットお祝い人形」―日本人形メーカーの挑戦

インタビュー対象製品ひなまる」

おんなの子のペットのために作られた、節句に飾るひな人形がベースの商品です。桜や橘・桃の花など木々の飾りや、雛あられや菱餅などを食を楽しむ要素が取り入れられ華やかな装いを醸し出します。


会社名

株式会社宮秀

設立

1974年6月

住所

静岡県静岡市葵区駒形通り5-11-2

業務内容

雛具の部品製造販売


今回お話を伺うのは、株式会社宮秀宮原昌弘さんです。
宮秀さんとは、ペット向け節句飾り「ひなまる」の商標登録・意匠登録をご依頼いただいたことをきっかけに、ご一緒にお仕事を進めてきました。

静岡・富士で70年以上にわたり雛具を手掛ける同社は、「雛(Hina)」と「アニマル(Animal)」を掛け合わせたネーミング通り、“愛犬や愛猫にも節句を”という未踏の領域に挑むプロダクトです。“ペットにも節句を”という前例のない市場を開拓。縮小傾向にある雛人形業界に風穴を開けるべく、高付加価値モデルを掲げて製造・販売をスタート。SNSやインフルエンサーを通じて販路を拡大するなかで、異業種や海外からも注目を集めるようになりました。既存の日本伝統文化に新たな価値を加え、少子化で先細る市場に一石を投じる、ユニークな挑戦が進行中です。

本稿では、伝統とニッチ戦略が交差する現場を、ぜひご一読ください。

創業の背景―日本人形製造から小売りへ

竹井  今日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。では早速、創業と現在の事業内容についてお伺いしたいと思います。雛人形や五月人形といった日本人形を中心に展開されていると伺いましたが、創業の経緯を改めて教えていただけますか。

宮原  もともと私の祖父が、本家で「雛具(ひなぐ)製造メーカー」を営んでいました。昭和28年頃に独立し、そこからは日本人形、特に三月の雛人形や五月の節句(鎧兜など)のための部材・屏風などを作るメーカーとして事業を行っていたんですね。

その後、私の父の代になり、小売りにも進出しました。製造に加えて、小売店や直営店舗で販売まで一貫して行うビジネスモデルに移行したんです。法人化したのは昭和49年頃で、そのタイミングで「製造+直販」という形が整いました。

竹井  なるほど。メーカーとして出発しつつ、お父様の代で小売りも含めた一貫体制を築かれたのですね。現在はどのような形で店舗展開をされているのでしょうか。

宮原  静岡県内に直営店が数店舗あります。富士市に1店舗、静岡市内に1店舗といった形で、ひな人形や五月人形を販売しています。またコロナ禍をきっかけに、楽天市場を中心としたEC(オンライン販売)にも力を入れるようになりました。

製造の特徴―分業制と最終組立

竹井  貴社ではもともと部品製造をなさっていたとのことですが、日本人形の製造にはどのような強みや工程がありますか。

宮原  日本人形の製造は分業制が確立しているんです。例えば、雛具の木工作業をする木工屋さん、塗装専門の塗装屋さん、最後に絵付けや蒔絵(まきえ)をする専門家がいて、それらをまとめて最終仕上げ・出荷をするのが当社の役割です。検品や包装、最終チェックを経て、問屋さんや全国の専門店に発送する。こういった流れになっています。

「ペットお祝い人形」の着想―娘さんとワンちゃんが生んだアイデア

竹井  本日は主に「ペットお祝い人形」をテーマにお伺いしたいのですが、そもそもなぜペット向けのお祝い品を企画・開発しようと思われたのですか。

宮原  実はすごく私的なきっかけなんです。私には娘がいて、娘用にひな人形を毎年飾っていました。一方でコロナ禍のときに雌犬を迎え入れたんですね。翌年、娘の雛人形を飾っているときに「この子(ワンちゃん)にも何かお祝いごとをしてあげたいな」と思ったんです。

竹井  なるほど。まずはご自身の生活のなかで感じた純粋なニーズが、商品開発の始まりだったのですね。やはりお雛様や鎧兜を扱ってきた会社ならではの切り口というか、強みが活かされていますね。

商品化への道―最初は「イメージが湧きにくい」ハードル

竹井  実際に企画段階から販売開始に至るまで、どのようなプロセスがあったのでしょうか。

宮原  最初は「こういうのがあったら面白いよね」「ペット用にお雛様を作ってみよう」という発想だけでした。いざ販売してみると、購入していただいたお客さんからリクエストをいただいて、そこから少しずつクオリティを上げていきました。

竹井  販売を通じてお客様から直接フィードバックをもらい、それを次のロットや新モデルに活かす――まさに小回りの利く中小企業ならではの強みですね。

ビジネス上の反響―雑誌やテレビの注目から新規客が来店

竹井  実際に販売を開始してからの反響はいかがでしたか。売上への直接的なインパクトや認知度アップなど、いろいろあると思いますが。

宮原  まず「ペット×節句人形」という独自性が面白いと、雑誌やテレビ局などから取材を受けました。ローカル局の番組で取り上げられたときは、私たちの店舗に「犬用のお雛様見せてください」という新規のお客様が多くいらっしゃいましたね。

ただ、売上が一気に伸びたかというと、そこまで爆発的ではないです(笑)。どうしても高単価商品なので、「雑貨感覚」で買える値段ではないんです。でも、新たな客層が店舗に来てくれたり、SNSを見てくださる方が増えたりして、結果的には本業の雛人形や鎧兜の売上にも多少プラスになった実感はあります。

竹井  既存顧客以外の層に認知が広がるというのは大きいですね。

宮原  まさにそうですね。もともと当業界は出生率に売上が大きく左右されますから、全国的に少子化が進む中、新たな顧客層を取り込む必要があるんです。その点、「ペットのお祝い」は市場がむしろ伸びていますし、価格に糸目をつけない愛犬家・愛猫家さんもかなり多いです。まだまだ少しずつですが、手応えを感じています。

価格帯とラグジュアリー市場―ペット業界の“底知れぬ”潜在力

竹井  ペット関連は、飼い主様が高額を惜しまないケースも多いですよね。

宮原  そうなんですよ。たとえばブランド物の首輪やリードに10万円かける方がいるくらいですから、私たちの「お祝い人形」にも惜しみなくお金を出す層は一定数いるんです。もちろんペット用の雑貨や玩具と比べれば高額ですが、今後もっとラグジュアリー寄りに展開するのも手かもしれません。

実際に海外の方へ贈られた事例もいくつかあります。アメリカやヨーロッパの愛犬家が、お土産やプレゼントとして当社の商品を購入されたり。小型で海外輸送もしやすいので、「日本の伝統を感じるペットグッズ」として今後ニーズが広がる可能性はあると思います。

オリジナル商品の位置づけ――文化そのものを創るという挑戦

竹井  企業としては「ペットお祝い人形」が本業に比べてどの程度の売上シェアを占めているのでしょう。

宮原  正直、まだ本業に比べるとごく小さいです。ただ、結果として新規の来店・ECサイトへの流入につながったり、異業種の方からお声がけをいただいたり、実に様々な効果をもたらしてくれているのが事実です。

竹井  売上面だけでは測れないメリットがあるわけですね。既存事業のお客様に加えて、ペット市場という新たな領域に足を踏み入れることで、「A社さんに面白い企画があるらしい」と話題性を呼ぶ。そこから将来的に大きなビジネスチャンスへと発展する可能性もありますね。

宮原  はい。私たちの業界はどうしても少子化という波が逃れられません。だったら、新しい文化を自分たちで創るくらいの気持ちでやっていこう、と。たとえば「ペットを迎え入れたらお祝い人形を飾る文化」を根付かせられたら面白いじゃないですか。実際にSNSでの拡散を見ていると、そこに可能性を感じます。

商標・意匠登録の意義――「本気でやる」意思表示

竹井  商標登録や意匠登録に関してお伺いします。やはり模倣品への抑止力もあるのでしょうか。

宮原  はい、かなり大きいです。当業界は全国的には狭いコミュニティですが、面白いものが出ると似た商品が作られやすいんです。だから最初から商標と意匠を押さえ、「ペットお祝い人形」を守ることで、一種の抑止力にしています。

一方で、仮に安価な類似品が出てくれば市場が広がる可能性もあるわけです。でもそのとき当社は「本家」だと堂々と言えますから(笑)。「ペットの節句はこの商品から始まった」というポジショニングを確立しておきたいんです。

挑戦を通して得たもの――「やっぱりやってよかった」

竹井  本日はオリジナル商品開発のご苦労や楽しいエピソード、今後の可能性をたくさんお聞かせいただきました。最後に、これからオリジナル商品に挑戦しようとしている方々へメッセージをお願いします。

宮原  今回の「ペットお祝い人形」は、正直まだ大きなビジネス成功とは言いがたいです。でも、新規顧客とつながったり、メディアに取り上げられたり、異業種との接点が増えたりと、やってよかったと思うことはたくさんあります。

何より、少子化で閉塞感が漂う業界にも「新しい可能性があるんだ」というワクワク感が生まれました。0から生み出したものは今後広がっていく余地しかない。そう感じられるだけでも大きな財産だと思います。オリジナルにチャレンジしてみたい方は、ぜひ試行錯誤を楽しんでいただきたいですね。